滞在記1 フランクフルト〜シュツットガルト
滞在記2 シュツットガルト
滞在記3 シュツットガルト
滞在記4 シュツットガルト〜ストラスブール
滞在記5 ランス(シャンパーニュ)
滞在記6 ランス〜パリ
滞在記7 パリ
9/jun/05シュツットガルト
 ホテルを栗野さんが泊まっていたヨーロッパスタイルのフェウェルシーに変更。ホテルメリディンからすぐ近くというので再びスーツケースを押して坂道やなんやかやを行く。どうも今度の旅行はくだんの大きなキャスター付スーツケースに悩まされる。小生はこれまでこんなごつい代物は使った事がなかった(バックパッカーが担ぐタイプかちょっと大きめのナイロンショルダーが多い。でも今回はオペラハウス用のスーツやパソコン・デジカメ・充電器と持ち物が多い)のでついつい機嫌が悪くなる。
 教会前の6階建てのホテル(使用部分は4階まで、閉門後は裏口から部屋のキーで入れる)。柔らかい感じの外観だったがとれた部屋は3階、エレベータ無し。カウンター横の階段を上れという受付嬢は荷物を持って行ってくれる気配はない。ちょっとどうしようかとその場に凍り付いていたら、栗野さんがその日からホテルを離れるので、3階の泊まり客と部屋を交換して貰って下さった。やれやれ。栗野さんと深川先生は公演を見に来られたご親戚とバス旅行に出かける予定とか。ヨーロッパに永いという栗野さんに頼る気持ちを断ち切られる。トホホ。ま、それも運命。たまたまシュツットガルトで出会った方なわけですし・・・片言をも覚えて来ない、質の悪い旅行客はいけませんね、はい。

 メリディンは部屋にイーサネットのコネクタがあってインターネット接続が難なく出来たのに、このホテルは電話回線のみ。カウンターのお姉ちゃんはダイアルアップ出来るのかどうかも分からないようだった。あつこと数回トライしたが、外線方式が不明なのでダメ。小生がこのHPアップすることよりは、あつこのメールチェックが仕事上(いくらか原稿も残してきて、ここで仕上げるらしい)重要なので、結局繁華街のサイバーカフェに出向こうという事になった。この日は結構気温が上昇してきたので、街は一段と明るくなった。
ホテル1階の食堂から見える教会の尖塔。手前のゼラニュウムが美しい。小学生の頃、アパートのベランダで秋から春にかけてよく咲いていた。挿し木で簡単に増えた。日本人に海外旅行への関心をもたらした、世界文化社のシリーズ本(ビートルズが日本に来た頃)のスイスやドイツの巻では掲載写真に家々の窓辺にこの花が飾られていて、心惹かれたものだ。
ヨーロピアンスタイルの朝食。ほとんどがコールドメニューのバイキング。パンが数種にハムやウィンナー。ウォームキープされたスクランブルがある場合も。コーヒーやティーは当然だけどここでは数種類のハーブティーがあった。果物が多いのも楽しい。 ナイフやコップのサイズと比較すると分かる大きなマッシュルーム。
9/jun/05シュツットガルト
 シュロス庭園を右に見ながら昨日までのホテルメリディンを越え、シュツットガルト州立劇場の売店へ。あつこはバレエ団ネーム入りのTシャツやフリースジャンパーなどを買い込む。(上の写真どちらも)売店ではもう季節替えしていて、サイズや色をたずねるとおばちゃんやお兄さんが事務所に走ったり、何処かにあるらしい倉庫に向かったりして捜してくれた。入り口側のチケット売り場では時折前売券を求めに若い女性などがやって来ている。
 向かい側の美術館を目指して道路を渡るものの、入り口が分からず裏手の道に迷い込む。州立音楽大学になっていて、楽器の音は洩れては来なかったものの、学食があったり、学園街に付きものの本屋などが並んでいた。ここで自転車に乗った中学生ぐらいの日本の娘に声をかけられた。あつこが取材したバレエ学校の生徒さんだ。海外に一人暮らしする子はいたって礼儀正しい。わりと丁寧な言葉遣いをする。近く(シャルロッテンプラッツ)にバレエショップがありますよ、といって自転車を押しながらショップの前まで案内してくれた。ショップ横のスーパーでよく買い物をしています、と言いつつ自分はいずこかへ。バレエショップで何やら迷い始めたので、小生はスーパーを散策。元来雑貨好きなのでうろうろしてて飽きない。5種類のハーブが入ったblend-a-medという歯磨きペーストを買う。ドイツ語表記なのですっかりドイツ製と思いきや、後でよく読むとオーストリア製。でも本社はイギリスのProcter & Gamble UKでEU統合を実感する。

 シャルロッテンプラッツは坂道にあるSバーンの地上駅。道路の真ん中に低めのプラットホームがある。地上を走っている姿は見慣れた路面電車である。道を越え、路地に入るとアパート群の一階が商店や職人さんの工房になっている。家具作りや縫い物屋などがあった。お腹もすいたので適当に小さな食堂に入る。この辻を出ると広い国道につながる通りだった。角にダリなどの版画を売る額屋、その並びにかわいい砂糖菓子をディスプレイした ケーキ屋、様々な形のキャンドルを売る店などがあった。交差点を左方向へ進み街の中心部まで行く。黄色いロの字型の学校らしき建物の中庭を通り抜け、マルクトハレという1914年以来つづく屋内マーケットへ。巨大な無柱空間に多様な食品を扱う店がひしめく。2階の回廊部分には生活雑貨の店もあり、実に楽しい。私はここでちょっと形の変わった食卓用ナイフを買った。
州立美術館の入り口が分からなかった。どこをどう探しても空いている入り口が見つからない。どうも表通りに面した部分で工事していたので、何処かかなり目立たない場所に移っていたのかそれとも休刊中か。 美術作品ではない。州立美術館に併設されている歴史博物館前の州の歴史遺物。この州で生産されたジョウロ、他にも通信機器や織物などが硝子ケースに収まっていて、高校生の課外授業が行われていた。裏手にある音楽学校を含めて文化のマイルと称している。
バレエショップのトゥ・シューズを使った照明パネルの前で。どうも地下にダンススクールがあるらしい。 シャルロッテンプラッツの路地裏の食堂。私達の横は立ち飲みカウンターになっていて、近所の職人さんや事務職風の男達がビールやコーヒーを飲みにたむろする。元気の良いお姉さんおばさんが片言の英語で注文を聞いてくれたが、メニューが分からないので、ミートという言葉を頼りにお願いする。やはりポテトは付け合わせの定番らしい。
マルクトハレの八百屋、この店は左手にリボンをあしらったハーブの他にかわいくこしらえた観賞用ポッドなども売っていた。他の八百屋より果物が多かった。 妙な形のキャベツ。横の茶色い根はセロリ味の根菜。右下がコールラビ(茎を食すキャベツ類)。
学校らしき建物の中庭は何故か長いすテーブルが多数置かれていた。
あつこがどうしてもこの時期の風物「シュパーゲル」つまりホワイトアスパラを食べたいという。これまで、いくつか入ったレストランは全滅だった。インターネットカフェに近いファーストフード店の入り口の呼び込みポップに写真があったのをみて、すわシュパーゲル。私のようにホワイトアスパラ嫌いでも、市場やスーパーであの巨大な姿を見れば心が動く。あつこ感激しきり。でも、やっぱホワイトアスパラはホワイトアスパラ。あの外皮の線維がかみ切れないのが嫌いだ。 生鮮市場マルクトハレで売られているシュパーゲル(暗所で白質化したアスパラ)。中央にある普通のアスパラと比較すれば太さが分かる。その左隣の黄色いキノコ、栽培品種の「しもこし」だと思うが結構どこのスーパーでも売っている。
米や香辛料、ピューレ類を売っている店。米の他に香辛料を数種買った。
↑マルクトハレで買ったタイ米。長粒種の黒米。

←デパ地下で買った乾燥アミガサ茸。

デパ地下(ガレリア・カウホフ)の食料品売り場。オリーブづけやパプリカの酢漬け。にしんの薫製1本まんまもここで買った。
10/jun/05シュツットガルト
 この日はフランス行きドライブの予行演習(ならし運転)に、Herzレンタカーで車を借りチュービンゲンまでドライブを決行のつもりだった。
 ICE中央駅とつながるケプラーシュトラーゼ駅の上にあるインフォメーションセンターで行き方を聞くと、市内交通局カウンターに回された(同じ部屋の中)。するとそのカウンターの係はプリンタで打ち出したA4シートを2枚くれた。1枚は現地の地図。もう1枚は行き先を知らせるリストで、分刻みの時刻と乗るべき行き先・乗るプラットホームの番号。乗換駅も同様に表記されている。すごい、こんなサービス日本ではどうなのか。安心して景色を楽しみながら到着。もっとも適切なあつこの指示もあってですがね。Sバーンは乗り換え2回でグロッケンシュトラーゼに。で、すんなり郊外にあるHerzレンタカーに行った。さてさて、またここでもあまり英語が通じない。翌日車を借りる予約は日本でして行ったのではあるが、この日はそれとは別に数時間借りたい、というのがカウンターの女性に分かってもらえない。車はまだ無い、明日に来いなどと・・・。丁度、その時、隣でアラブ系の男性客と使用カードでもめていた30代半ばの、気の良さげな男性がやりとりを中断して、何やら女性に話しかけた。するとなんなく手続きし始めるではないか。なんなんだ!いったい。なんか保険の事や返す時に入れておくガソリンの種類、返すのが夜なら鍵をかけたままポストに鍵入れて、勝手に車置いてけ、みたいな事をいっぱい言われて、まるで幼稚園児みたいにオウム返しして、やっとこさ車を借りた。車種はワーゲンの、うんとなんだろ。ま、なんでもいいや。

 カウンターで市内の地図など無いか聞くと、車の助手席に置いてあるのだそうな。黒いワーゲンとだけ言われ鍵をぽいと渡されて駐車場に。無造作に並べられた中に黒い車はただ1つ。はいはい、これですね。
 まず、来る途中に見かけたガソリンスタンドへ寄って、ドイツ南部とフランスの地図(翌日のためにも)を買う。ところで高速への行き方はと拡げるが、掲載地域が広すぎて市内地図がないのに気づき、再度シュツットガルト市内の地図を買う。エライ出費や。
 ようやく出発。ワーゲンは整備がよく、気持ちよく運転できる、ではなかった。通行車線が日本と反対なのを忘れてた。駐車場を出てすぐに反対側走ってるもんで、対向車に思いっきりクラクション鳴らされて、にらまれた。「すんません、すんません」と片手を上げて謝る。んでも、なかなか右端をキープするのがムツカシイ。しかも、ドイツじゃ黄色の信号がない!! なんでーっ。わかんない事だらけ。道路標識と地図をあつこに見比べて貰って、なんとか高速国道81号線に入る。やったー。
 車線は広いし、車は調子良いし、というので気分良くドライブ。はじめアメ車のつもりで80マイル走行していると思いこんでたら、ここは西欧。度数表記はメーター、グラムそしてキロ毎時だった。一番右の車線走っていてもどんどん追い抜かれる。いやはや一段のスピードアップ。車体に何の揺れもなく160キロに加速。車線が広いせいかさほど怖くない。ところがそれでも遅いと言わんばかりに、結構、追い越す車しきり。なんかコンパクトカーに子供乗せた女性でもスイスイ行ってしまう。参りました。日本で国際免許証とる時に、ドイツのアウトバーンで200キロを越えて走ってやるんだ、と意気込んでいたのに、すっかりいけません。このまま160で走ります。
 さて、本日の目的地はチュービンゲンのはずだったのに、81号線を降りるべきヘッレンバーグ付近が工事中、しかも出口封鎖。ええっー!? ヘルマン・ヘッセのお勤めしてた本屋さん見学はお預けと相成る。それじゃボーデン湖辺りまでくりだしてやる。
 いやー、これも無理でした。出だしが遅かったので、外が明るくても、もう7時過ぎ。エンプリンゲンのパークスペースで休憩してから33番出口で引き返した。
 シュツットガルト市内に一応明るい内に戻る(でも9時過ぎ)。地図を買ったスタンドでガソリン入れてHerzへ。超過料金などはどうなるのか心配ながら言われたとおり、勝手に駐車して、鍵ポストに入れてお終い。事故が無くてよかった。
近代的な中にも長閑さ溢れるプラグサッテル駅。ここで乗り換えたが、行き先が幾つかって若干混乱する。ホームの奥のオレンジ色の機械が切符販売機。駅員はいない。駅で降りる時に切符はそのまま持ち帰る(ゴミ箱に捨てる)。
最初に借りたワーゲン。
11/jun/05シュツットガルト
 シュツットガルトバレエ団の「ジゼル」鑑賞。夕方を待たずに買い物がてら繁華街に出る事にする。地下鉄の切符自動販売機(これしかないが)前で買い方やその後の乗り方を教えてくれた(知ってるって!)ご老人。ルーマニア人だそうで、戦時中日本とドイツ、ルーマニアは同盟国だったからと楽しげであった。バレエを鑑賞に来たと知るや、いろいろなスターの名前をすらすら。他の話の内容から質素な風体の割にはかなりの知識人とみた。繁華街までご同行いただく。その地下駅に米軍の空爆を逃れたとか、この辺はみなやられたとか語られた。もちろん身振り手振り。彼は英語よりフランス語を話したがったが、私たちがね・・・だめなんで。ベンツやポルシェなど国策企業の地ならではだなー。川崎や東灘(神戸)なんかと同じなんだな。
 まだ時間あるっていうのにオペラハウスまで連れて行ってくれそうになってビックリ。でもここで良いよ、じゃあとあつこが日本のおみやの匂い袋をさしあげると、ちょっとはにかみながら嬉しそうに「スーベニー(おみやげ)」と笑った。二人の横顔、鼻がよく似てた。ルーマニア鼻。
 翌日からの3日間フランスドライブに備えて、市内で買い物。2度目のサイバーカフェ。左隣に新宿ゴールデン街で見覚えのある男(別に知り合いではない)。連れの女性が店員に接続を頼み、やおら小型PCでチャットを開始。こんなところで日本人2組がね、そうなんですね、最近の日本の情況反映してますね。さて、日本語変換せず、やたら早撃ちなのでとびきりの英語堪能さんかと思いきや、ローマ字表記の日本語でした。かえって解りにくくないかい?って、言いそうになってしまいました。ちょっと絡み癖のあるお人だったような記憶が頭をよぎり思いとどまる。メールチェックを任せ、ケーニッヒ通りに出て一休み。その後、中央郵便局の界隈で画廊をひやかしたり、書店やファンシーショップでカードを見たりする。
地下鉄改札へのエレベータ地上部。手前のはただの宣伝塔。
地下鉄で出会ったルーマニアンの老人。